萬花楼について

MANGEROU
会津 割烹 萬花楼 > 萬花楼について

店名の由来

萬花楼まんげろう

当店は昭和四年四月に開店させていただきましたが、この店名については創業者大塩クマが、昭和三年当時に大映映画「萬花地獄」という映画がヒットしており、主演の長谷川一夫のファンだったことからこの名前を用い、料理屋料亭が楼閣の別名で呼ばれていたので、店名を「萬花楼」と付けさせて頂いたとの事です。

萬花楼の歴史

萬花楼は…
江戸時代会津藩士当主酒井与八郎(四〇〇石取の藩士)の屋敷跡
一六三九年山形で保科正之に召抱えられた。
初代武兵衛の本国は三河国(現愛知県東部)と言われる。

その後、大正時代は綺麗な水が流れていたので養蚕の繭の集荷所になり
のちにアメリカの駐群将校級の宿舎にあてられた。

そして昭和には、この辺りの地主だった飯島氏から土地を購入、現在に至る。

萬花楼のあゆみ

昭和4年3月1日 大工町(現栄町)にて和洋御料理として開業
初代女将 大塩クマ 就任
昭和26年 株式会社萬花楼となる
昭和27年 秩父宮雍仁親王殿下 御来店
昭和33年 現在の東栄町に移転
昭和36年 常陸宮正仁親王殿下 御来店
昭和42年 初代女将 大塩クマ 永眠
二代目女将 大塩ヨシ 就任
代表取締役 大塩唯男 就任
昭和53年 大塩進 ホテルニューオータニ退社 家業継ぐ
昭和54年 高松宮宣仁親王殿下 御来店
昭和62年 環境衛生厚生大臣賞 受賞
平成4年 ミステリー作家 内田康夫著 小説「風葬の城」のモデルになる
平成7年 勲六等単光旭日章を授与(大塩唯男)
代表取締役 大塩唯男 永眠
代表取締役 大塩進 就任
平成9年 二代目女将 大塩ヨシ 永眠
三代目女将 大塩利子 就任
平成17年 四代目女将 大塩真理 就任
代表取締役 大塩健司 就任
平成20年 80周年を迎える
平成24年 関東11知事会開催 東京都石原知事 他
平成29年 大塩進 永眠
令和元年 代表取締役 大塩真理 就任
90周年を迎える